鴨といる部屋



 狭くてがらんとした四角い部屋は風も通らない。
 必要最低限な物品も無いのではないかというほど生活感のない空間は、閑散としている。
 そんな薄暗い部屋の一角で、カモはうずくまっていた。
 カモはめったに口を開かないし、いつも何を考えているのかわからない。
 同級生のほとんどは、目を見ればだいたいの感情がわかった。けれど、カモの黒い瞳は、ガラス球のように透明で、何も読みとれなかった。
 カモは背中を隅に押しつけて、両腕でひざを抱え、腕に顔を突っ伏したままぴくりとも動かない。自分がここに来てからも長い間そうしている。 眠っているのかもしれない。
 カモはカモ一人の時間を生きていて。
 自分がここに居ても、居なくても何も変わらない。
 カモの時間は変わらず流れるのだ。
 からからとあまり音をたてないように、窓を開けた。
 ふうわりとした重みのある暖かい風が舞い込んだ。カモはいつも外に面した窓を開けるのを嫌がる。
 締め切られた四角い小さな部屋で、ひっそりと一人閉じこもっていたいのだろう。
 強い風が吹いたかと思うと、ひらひらと灰かな花びらが迷い込んできた。
 どこから飛ばされてきたのだろう。少し時期にはずれた遅咲きの桜だ。
 くすんだ畳に落ちた桜色のひとひら。
 綺麗だ、と思う。
 カモがカモ一人の空間に閉じこもっていたって、外では季節が変わっていくのに。
「ユウキ」
 何とはなしに、カモの名を呼んだ。
 カモは突っ伏したままだ。
「ユウキ」
 呼びとめないと、どこかへいってしまいそうだった。
 聞こえているだろうか、自分の声が。
 カモは桜が綺麗だと思うことがあるのだろうか。この季節が見えているだろうか。ここにいる自分が、ちゃんと見えているだろうか。
 時々、自分が何をしているのかわからなくなる。
 元からずっとそうである浅い流れの川に飛び込んで、無駄に一人あがいているようで虚しくなる。 川に自分は不必要な存在なのだ。そこに居たって、深々と浸かることも、共に流れることも、ましてせきとめることなど出来やしない。 川の流れは変わらない。そこからあがろうと思えば簡単にあがれるけれど。
 それは嫌だった。たとえ川がそれを望んでいたとしても。
 せめてもの抵抗のように、うずくまって寝息をたてるカモの横に腰をおろした。
 カモの存在感と同じくらい、消えそうに微かな体温が伝わってくる。
 カモは毎日ここでどんな景色を見て、何を思っているのだろう。
 正面にはステンレスの水場がある。隣りにはほとんど物の入っていない冷蔵庫。そのすぐ横には、この四角い空間のたった一つの出入り口。
 閉塞的なカモにしては珍しく、玄関の鍵は大抵開いていた。
 一周 し、傍らのカモに視線を戻して、ぎょっとした。
 突っ伏した腕の隙間から、カモの片方の黒い瞳がのぞいていた。

 起きていた ――

 ガラス球ではない、自分の奥底に隠した気持ちも何もかも見透かして、のみ込むような強い瞳だった。
 カモの目が後ろめたく、立ち上がろうとすると、腕をとられた。何かに袖を引っ掛けたかと思ったが、袖の端をつかんでいたのはカモの小さな指先だった。
「………………ちゃんと聞こえてる」
 春の風の中で、加茂は微かにだが、確かにそう言った。
 それは何かの約束のように、加賀の胸に届いた。





ホラーのような子・・・。
加茂ユーキちゃん。かわいい名前だと思うのですが。
結葵って漢字が可愛いかな。
出会って一年くらいの二人。
(06,5,6) 



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