雨の中の魚


 魚と人間は相容れない。
 幼い頃、父親が自室で飼っていた魚を見ながらそう思った。 薄暗い中でたった一匹、エアーポンプの勢いを避けて、水槽の隅にのったりと沈む灰色の魚。ぬらりぬらりとした泥のようなその質感。 いつだってほとんど動かず、時たま重そうに眼をあけてこちらを見た。
 そんな魚とガラス一枚隔てて向き合いながら、自分はこんな風に生きていくのだろうと、子供心に漠然とそう思った。


 前髪からしたたった水滴は、やがて頬を伝ってぽたりと落ちた。ぱたりぽたりとそれに続く。
 先程から降り出した雨は、次第に強まっていくようだった。
 大学の正門から、アパートとは反対の方向へ歩く。
 目指す先は自分でもわからない。
 駅へと続く道、その随分と先に一本の傘で肩を寄せ合って歩く加賀と倉田を見た時に、なぜだか足は自然と反対を向いていた。 深い海のような色合いの傘は加賀のもの。
 加賀と倉田が付き合っているという噂は学部内では公然のこととなりつつあった。当人達もあえて否定しない。
 真実がどうかなんてわからない。
 加賀は相変わらず加賀だけど。聞けないし聞きたくないし聞かない。
 降りしきる雨は、傘を持たない顔を容赦なく叩く。
 唐突に、泥の魚を思い出した。自分を見たあの細い眼。自分たちは同じ生き物だと言われた気がした。
 魚と人間は相容れない。
 加賀は人間だ。倉田もそう。人は人と二人、魚はたった一匹水槽の中で。
 互いの世界に近づこうとすれば息ができなくなるジレンマ。
 降りかかる夏の雨で、鼻も口唇もふさがれるようだった。
 水の中で 溺れる魚もいるのだと ――

「おい」

 声とともに世界が回る。
 肩をつかまれて振り向かされる。雨から遮られた視界に映ったのは、険しい顔つきでビニール傘を突き出す加賀。 彼の大事な深海の傘も、倉田もいなかった。ただその手の先にあったのは、つい今しがた買ったのだろう値札のついた安い傘。
「どこ行くつもりだよ」
 どこ? 行くあてなんて別にないのに。
「お前はほんとに・・・。傘がないんなら買やぁいいだろう。今時傘なんて小銭でどこででも手に入る」
 でも、欲しかったのは傘じゃなかったから。
 言葉を探せず黙っていると、加賀は一つ息をついた。
「帰るぞ」
 ビニール傘の引力にひかれるように歩き出した。
 帰り道、雨音のなかで泥の魚の話をした。
 加賀は黙ってそれを聞いてくれ、それから何でもないことのように言った。
「その魚、夜行性だったんだろ。子供のお前が見てないところで自由にやってたよ」

「水槽の魚には水槽の魚なりの幸せがあるさ」

 とん、と腕に置いて離れた手の平。
 ぬるい雨に半身をうたれながら、一瞬だけ触れた体温だけが確かだった。
 ここにいるのは、雨の中の魚。
 水と空気が混じり合ったこんな世界で、魚は人間と限りなく近づいて生きていけるのかもしれない。





ついに鴨が関係なくなった二人。

ブランクがあったのでブランクがあったなりの文に・・・
倉田さんは人の傘持たされて一人で帰ったんでしょうね;。優柔不断な男、加賀。
(04,8,11) 



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