不確かの定義 




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 その感情につける名前なんてない。
 特別な出来事も、きっかけがあった訳でもない。
 春に同じクラスになって、教室で二人委員長が選ばれた内の一人で、試験の成績上位者に入っているのを見て頭がいいんだと思って、HRの 話し合いで意外に頑固なとこや融通が利かないところを知って。40人弱のクラスメイトの1人として漠然と捉えていただけで。
 同級生という程度の会話はするけれど。
 単に同じ空間を共有する一員、のはずだった。
 ただ、その空間のなかで、時々目が合うだけ。
 雑然とした教室内で、ふとした瞬間に訪れる静けさのような視線。
 その不自然ともいえる現象に、そのとき陥る感情に、明確な答えを出せずにいた。


 よくわからない不確かを宙に浮かせたまま、駆け足のように夏は去り、体育系クラブを引退した三年生は、一足早く「受験生」になった。 文化系クラブは最後の舞台を控え、慌ただしい毎日を送っていた。
 さあさあと外では雨が降っている。
 遠ざかったり不意に近づいたりする小雨の音は、見えない路を決めかねてうろうろと迷う受験生たちの所在無さをさらにあおった。
 放課後、所属している朗読同好会の、腹筋を鍛えるという名目のランニングが中止となり、急にぽかっと空いてしまった時間。
 家には目移りするものが多すぎて、学校に残って勉強することにした。
 電気のついた教室に戻ると、残っている生徒はちらほらとまばらだった。
 教卓の前から数えて三番目の自分の席について、得意な国語の問題集から広げる。
 評論文より小説文の方が好きだ。気に入った文章が見つかれば、朗読の発表で使おうかと考えをめぐらせて楽しんでいたが、それも今月末の文化祭までのこと。
 例文に集中している間に、教室の顔触れはぱらぱらと入れ替わる。
 二題ほど終わらせて、いったんペンを置いた。周りがやけに静かなのに気づいて、何気なく振り返ると、窓際の席で問題集に向かう委員長だけが目に入った。
 気付けば、教室は、委員長と自分の二人きりになっていた。
 いつからだったのだろう。
 後ろの席の委員長が気づかないはずがない。いや、勉強以外に無関心な彼は気にもとめていないのかもしれないけど。
 相手は何も意識していないというのに、こちらだけ変に背中が緊張して、問題どころではなかった。
 カシャン
 突然響いた音に、反射的に振り向く。
 落ちたペンを拾おうとしていた委員長と、目が合った。
 静かな視線。
 視線が合ったのなら、意味を探さなくてはいけない。
 だって、このまま目が合っているなんて変だ。
「あ・・・っと、ここの問題わかんないんだけど、委員長わかる?」
 持っていた国語の問題集を広げて、軽い口調で委員長の前の席に座った。
 委員長が解いていたのは数学の問題集だった。
「まだその頁まで進んでいない。それに、国語は好きじゃない」
 落ちる雨のように淡々と言われた。
「なんで? 委員長頭いいのに」
「国語の問題は、心情を汲みとるとか意図を解釈するとか、答えがあいまいなものが多いだろう。それで正しいのかどうか納得がいかない。 きちんと決まりきった定義にいきつく数学の方がいい。全部そうだ」
 真面目な委員長の言い分らしいと思った。 でも・・・・・・。
 そんなにかたく考えなくてもいいのに。たまには境界線をねじまげるような柔軟さがあってもいいのにと思う。
「人の心理とかって確かなものばかりじゃないじゃん」
 どこかムキになっていた。
 確かなものばかりであるならきっと。
 誰も迷ったりしない。不安になったりしない。
 委員長は、問題集に落としていた顔をあげた。
 至近距離で目が合う。
 有無を言わせない、深い瞳。そんな目で見るくせに。
 ならこの意味は?
「はっきりとした答えが出ないと理解できない。不確かなものは信じられない」
 意味を探す前に、視線は逸らされた。
 この名前のない感情を、委員長の方からきっぱりと否定されたように思った。
 迷うな。あるはずのないことだと。
 さあさあと雨の音だけが教室に残った。


 文化祭が終わり、三年はほとんど登校することがなくなった。
 ある日を境に、委員長と目が合うことはなくなった。
 委員長の中で、委員長なりの、何らかの答えが出たのだろうと思う。
 自分は春から東京に行く。委員長はここに残る。
 卒業式の日も、雨だった。
 最後のHRが終わっても、写真をとったり花束をもらったりと、教室にクラスメイトの半分が残っていた。そのなかに委員長の姿はない。
 一人だけを探していた窓際。
 覗き込んだ視線と、傘越しに上を見あげた視線が確かに合った。そう信じた。けぶる雨に邪魔をされ薄いビニールに遮られた不透明なレンズのその奥で。
 海のようだと思った。委員長が見たことがないと言った瀬戸内の海。
 静かで感情の波ひとつたてなくて、なのに決して穏やかなだけではない。あの海をもっと見ていたかった。ずっと見られていたかった。
「…………、」
 絞り出そうとした答えは届かなかった。自分が最も信じていた声は、言葉は、肝心なときに形にならなかった。
 本当はとっくにわかっていたのに。中途半端で不確かで、一度しかない時代に。
 この感情を恋だと認めることがどうしてもできなかった。








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一応「海の声が聴きたい」と「雪の端っこ」の間頃の話?(あいまいすぎる
テーマ・「海の〜」→声、「不確か〜」→視線。
ちょっと偏執的だな〜…;。どうせ偏るならもっと偏りたかったですね(?)
高三というより小三(−−;)?
(06,1,22) 






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