雪の端っこ 




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 携帯電話の着信に気づいたのは、寮の一室で帰省するための荷造りをしていた時だった。
 画面に並ぶのは見慣れない 11桁の番号。知り合いが登録していない電話で掛けてきたのかもしれないと、しばらくたって出ることにした。
「はい」
 電話口の向こうからしんとした気配が伝わってくる。そのまま沈黙が落ちた。悪戯か。
「誰」
 少し苛ついた口調で問いかけると「委員長?」と少し高めの声が慌てたように返ってくる。
 その声を聴いた途端、電話に付けていた耳と心臓が連結したかのようにどきりとした。
「え・・・っと、誰かわかる?」
「ああ」
 不安そうに続いた声に、忘れかけていたあの頃の気持ちがせりあがってくる。
 かつての同級生。
 決して親しくはなかったけれど、屋上に並んで速い雲の流れを一緒に見た。卒業式の後、一瞬目が合って何か言いたそうな顔をして、結局一言も交わさずに別れた相手。
 どれだけ時間が過ぎても、自分がこの声の主を忘れるはずがなかった。
「番号、何で知って・・・」
「あ、っと、4組だった佐山に訊いた。ごめん、勝手に」
「いや」
 佐山は高校時代の共通の友人であるから、それは別に差し支えない。
 まさか向こうから電話をもらうとは思わなかったが。
「お前今、東京?」
「ううん、冬休みでこっち帰って来た。委員長は? 実家四国だっけ」
「家には来週くらいから帰ろうと思ってる」
 第一志望の大学に入学して慣れない日々はあっという間に過ぎ、どうにか落ちついた頃にはすでに最初の冬を迎えていた。 もうとうに「委員長」などではなかったが、そのどこかくすぐったいような響きを訂正する気にはならなかった。
「そっか、まだこっちにいるんだ・・・。じゃ・・・海とか行かない?」
「は?」
 ためらった後の唐突な誘いに、思わず険のある応えを返してしまっていた。
「いや、あの、昨日久しぶりに地元の友達で集まって遊んでたら何でか委員長の話になって ・・・急に思い出したっていうか。・・・海行ったことないって言って、なかった?」
 向こうがなぜか言い訳じみたことをくり返すのに、一度話しただけのことを覚えていてくれたのかと思う。
「いいけど、行っても」
「ほんと? じゃあ明後日は?」
 安心したようにそう提案されて、部屋にあるカレンダーを確かめた。今日が22だから・・・次の次、で24か。12月の・・・24日。
「クリスマスか」
 カレンダーに書かれた言葉を何となく口に出す。
「いやあの、そんな別に意味とかなくてっ。明日は急だから明後日でいいか、って単純に思っただけで。 24日って言っても11月の24日とか10月の24日とかと同じ感覚で。変に考えなくていいから」
「いや、別に考えてないけど」
「あ・・・そう」
 電話口から聴こえる声は、突然しどろもどろになったかと思えば、たちまち勢いを失ってしぼんでいった。
「別にいいよ、その日で」
「そう、だよね。だったら、24日に駅の改札口で」
 遠い所にいる声が挙げたのは、通っていた高校のある街の駅名だった。
 そうして24日、もう会うこともないだろうと思っていた相手と、もう行くこともないだろうと思っていた真冬の海になぜか出かけることとなった。


 山間部から電車を乗りついで懐かしい駅に降り立つ。
 駅前から見上げた空は重く灰色だ。前日から西日本に居座った大型低気圧のおかげで、瀬戸内はかなり底冷えのする24日を迎えていた。 しかし目の前を行き合う人々は天気とは無関係に浮き立っている。街にはひっきりなしに陽気な音楽が流れていた。
「久しぶり」
 雑踏にまぎれたその声を確かに捉える。
 待ち人はやけに長いマフラーを二重三重に巻いて、まるでブランクを感じさせない顔で笑った。電話を切った時にはいくらか元気がないように思ったが、今見れば当人はへらっとしたものだ。
「二人だけで行くのか?」
「うん、そう」
 開口一番にそう尋ねると僅かに眉間のあたりを歪ませた、ように見えたがそれも一瞬のことだった。
 特に何を話すでもなく、南方面行きの切符を買った。沿岸部まではそう遠くない。
 電車はそこそこ込んでいて、扉付近に二人して立った。向こうは外の景色を見ているし、自分はくすんだ光を放つ床のあたりに視線を落としている。
 何だかおかしな具合だった。
 いくらもしないうちに山を抜け、電車の外が紺一色に開ける。
 曇り空の下に広がるなだらかな瀬戸内の海。こんなにも近い場所に、高校生だった去年までの自分はずっと足を運ぶことが出来なかったのだ。
「雪」
 耳のすぐ下あたりを震わす声に不意を突かれる。
 油断していた。
 内心の動揺を隠して窓の方に向くと、小雪が強い風に巻かれて舞っている。『南部でもホワイトクリスマスが期待されるでしょう』と言っていた昨夜のローカルニュースを思い出した。
「すごい、吹雪いてる。ほんとに降るなんて思わなかった。傘持ってないのに」
 窓に手をついて呟いている顔が戸惑ったように空を見上げる。
 ニュースの予報でさえ容易には信じられないほど、こちらで雪が吹き荒れることは珍しい。 乗客の多くも色めきたって外に顔を向けていた。細かな雪はふわりほわりと暗い海に近づいては消えていく。 時々、海面に落ちる寸前で強風に巻き上げられた雪が宙を舞った。
 車内アナウンスが目的地の駅名を告げる。
 停車して、暖房のきいた車内から足を踏み出した途端、身をさすような冷たい空気にさらされた。
「うわ、寒」
 寒い、寒いと呪文のようにくり返しながら、ゆるみかけたマフラーを巻き直しているのを横目に、駅に面した海辺に向かおうとする。
 途端、氷のように冷たい手が指先に触れて引き止められる。反射的に振り返ると、すぐそこにあった瞳に鋭く射抜かれた。
「寒い、コンビニ寄ろ」
 その一言で、海を目前にしたまま駅の横のコンビニに連れ込まれた。高校の時からそうだった。 大抵は友達に囲まれてへらへらとしているくせに時々そんな目つきをする。騒がしい教室の中で目が合うといつもどうしていいかわからなかった。
「海に行くんじゃなかったのか?」
「だって寒いんだもん。委員長もどうせ傘持ってないんでしょ?」
 雑誌を立ち読みし始めた横でたまりかねて訊くと、またつかみ所のない顔に戻ってへらと笑う。仕方がないので、コンビニの中をむやみに歩き回る。 サンタクロースの恰好をした店員が、レジの前を通るたびにテンションの高い声で「いらっしゃいまーせー」と言った。
 半額以下になっているクリスマス商品の棚を意味もなく見つめていると、また手を冷たい感触に引っ張られた。
「道路の向かいに喫茶店があった。あっち行こ」
 子供みたいに手を引かれて連れて行かれる。他人と手をつなぐなんてどれくらいぶりだろうとふと考えた。 オルゴールのクリスマスメドレーがBGMにかかる店内は狭いながらもにぎわっていた。 窓際の席に座り、硝子越しにすぐそこにある海を眺めながら一体全体何をしにここまで来たのか悩む。
 正方形の海に降る雪は一枚のパノラマのようで妙に非現実的だった。浜辺で白い毛糸の帽子をかぶった小さな男の子が、降ってくる雪に向かって手を伸ばしては確認して、不思議そうに母親に見せている。
 雪はどれも手に入る寸前で溶けてしまうのに。
「専門、うまくやってるのか?」
 顔を横に向けたまま尋ねた。
「面白いよ。おんなじようなのばっか集まってるから。でもそれぞれ個性強いしね。 周りのデザインセンスも参考になる。あれはとても真似できないなって」
 話す声は楽しそうだ。
 やりたいことを見つけて、将来を目指して見据えている人の声だ。特に目標もなくただ勉強をして大学に入り、本当に何がしたいのか見失っている自分とはえらい違いだった。 少し羨ましいと思う。
 手に入らないものはいつだって早々にあきらめてきた。
 その代償のように勉強ばかりを続けてきたというのに。
 特別メニューのケーキと珈琲がテーブルに運ばれて来た。店内には『クリスマスキャロル』が流れ始める。
「今日ってさ・・・クリスマスイヴだって、知ってる?」
「ああ、カレンダーで見たからな」
「そうじゃなくて・・・・・・。変わんないね、委員長」
 何か含むところがあるもの言いをされて、自分はあの頃から何一つ成長してないのかもしれないなどと思った。
 冬の落日は早い。とりとめのない時間を過ごしているうちに外はうっすらと夕闇に包まれていた。雪はとうにやんでいる。
「帰ろう?」
 喫茶店を出て駅と海の岐路まで歩き、あっさりと告げられた言葉に唖然とした。
「海は? すぐそこだろ」
 低く響く波の音も、潮の香りだってすぐそこだ。
「また来ればいいじゃん」
「またって・・・」
「言ってる意味わかる? 委員長鈍いから言うけど、言ってもわかんないかもしれないけど。 来年も同じ日に一緒に来ようって言ってるんだよ」
 怒ったように言う。薄暗いせいで表情はわからなかった。
 ああ。
 思い出してポケットから携帯電話を取り出す。
「番号訊くの忘れてた」
 来年も一緒に来るんだろ。
 そう付け加えたら、帰り道 夕闇の中で一度だけ名前で呼ばれた。委員長という肩書きではなく本当の。かつて一番好きだった声で。

 手に入らないものはいつだって早々にあきらめてきた。
 けど。手に触れる寸前でするりするりとすり抜けていったものの端っこをつかんだ気がした、十代最後のクリスマスだった。




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何かあざといですね。全体的に。
人の性格にムラがある。
相手の声は好きでも当人のことはそうでもないのか、主人公・・・。
あんまクリスマス関係ないし。
何となく参加しないといけないような気がしてストックをあげたけど イベントものって苦手。
何はともあれメリークリスマス!(ええっ)



※追記:携帯電話でかけたら電話番号残ってますね;。
ということに随分たってから気づいた。ダメじゃん。
なんか違う携帯からかけてたってことにしといて下さい(無理がある)




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