深 海 20 メ ー ト ル



 毎日は同じことのくり返しで、砂時計の砂がこぼれ落ちるように、平坦な日々が延々と続いていく。


 彼と二度目に出会ったのは、大学図書館の片隅だった。
 彼は古生物の資料を調べていて、私は古い古い歌の文献を読んでいた。ふと顔を上げると、彼は私を覚えていて、軽く会釈をしてくれた。


 彼と三度目に出会ったのは、4Fにあるコピー室の隣だった。
 私はもらったばかりの譜面を軽く歌っていて、彼は片手に雑誌を抱えて立ち止まった。聞き覚えのある声だと思いましたと彼は言った。


 四度目に出会ったのは、大学の敷地内にあるカフェだった。
 彼は外の一番奥の席で、くすんだ色の表紙の本といつだかの新聞記事を広げていて、私が「ここいいですか」と尋ねたら、快く承諾してくれた。
 彼は本のページをめくるのと同じくらいなんでもない動作でコーヒーにミルクポットを少し傾けると、その指先で写真のひとつをさした。
「このニュースを知っていますか?」
 いいえ、と私は答えた。
 貴重な深海サメ発見の記事だった。
「これは世界的にもとても珍しいサメで、古代からの興味深い特徴を残しているんです。ところが深海に生息しているため、最近になるまでほとんどその存在が知られることはなく、世界でもたった40ほどの個体しか見つかっていないんです。
 どんな泳ぎをするのかもわからない」
 黒いコーヒーの表面を、白いラインがうずをまいてゆったりゆったりほどけていく。
 天体からの光も届かない深海の底を、見たこともない生物が移動していくところを想像した。
 非現実な別世界のように思えた。
「でもね、近年の研究で、昼の間は深海にいて、夜になると海面からほんの20メートルくらいのところまであがってきていたことがわかってきたんです」
 私は一つ大きく瞬きをした。
 彼は記事から視線をあげて、少し目をすがめて懐かしそうに私を見た。
「すごいことだと思いませんか?
 これまで誰にも知られることのなかった大きな深海の生き物が、僕たちが眠っている夜の間に、すぐ近くのところを泳いでいたんです。
 それなのに、何かのきっかけがなければ、これからもずっと気づかないままだったかもしれない」
 お互い気づくことなく。長い長い時は流れて。
 それでも私たちは生活をしていく。
「だから、あなたと出会えたのも不思議なことだと思います」
 私を見つけてくれた人は、そう言って少し笑った。
 なんの変哲もない毎日の、砂時計をこぼれ落ちる砂の一つ一つが、小さな奇跡の積み重ねで出来ているということに気づかされる。
 私の中を、見たこともない深海の生き物が、水深20メートルのところでゆっくりと動きだした。








前から気になる生物だったけれど、この事実を知っていたく感動したんですけれど。
浪漫だ、浪漫。
(07,9,9) 



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