鴨のいない部屋 だから、たぶん。そういうものっていうのは、突然やってくるんじゃなくて。 ずっと前からそこにあって、いつでもこちらに接触できるように待機しているのを、ただ目を逸らして見ないふりをしていただけなんだろうと思う。 それだから意味もなく不安で、いつだって怖い。そう、本当は怖かった。ただ怖かった。 遅かれ早かれいずれくることなら、いっそ早い方がいい。 いざそれがきてしまえば、ああやっぱりって逆に安心さえするんじゃないかって思ってた。 もう不安に思うことも、それ以上怖いことも何もないんだって。 ―― 加賀がうちに来なくなった。 「加賀のやつ、彼女できたらしいよ」 「知ってるー。菅ゼミの子でしょ?」 「うそっ、誰!?」 「あはは、あんた今本気でショックな顔してたよ」 「な、何言ってんのよ。あんな背が高いだけのやつ」 「だけだって。失礼ー」 退屈な講義も終盤にさしかかった昼時前、指名をさけてかたまった後ろの席で聞こえてきたのは加賀の女友達のけらけら笑う声だった。 加賀は、はるか前方の席で真面目にもノートをとっている。 その横顔からは何もよみとることができなかった。 学内で加賀と話をすることはない。廊下で会っても食堂で会っても、見知らぬ人のようにすれ違う。 向こうは男だとか女だとか常に連れが一緒だし、時たま何かもの言いたげな視線とぶつかるだけで。・・・最近はそれもなく。 そういうことだったのだ。 部屋の隅で膝を抱えて畳の節目を数える。 ほつれを見つけて爪の先で押し込もうとしたが、すぐはねて出てきた。何度やってもおさまらず、苛立ちまぎれに引っ張ると大きく亀裂がはいった。 元々ボロアパートで期待はしていなかったが、これで敷金は返ってこなくなった。 ぽたり、とくすんだ畳に滴が落ちる。 ぽたり、ぽたりと、蛇口がちゃんと閉まらない水道みたいに涙がこぼれた。 バイトが始まるのが6時半からだから、あと20分で家を出ないといけない。 いつもはしない床の小さなくずを拾って、落ちている服をたたんで、冷蔵庫の中で古くなったものを捨てて、棚をきちんと整理して、ぐるりと部屋を見渡した。これから北へ旅立つみたいに。 スニーカーの紐を結びなおして、震える手でドアノブを回す。 開いた扉の隙間から流れ込んできた生温い春の風が、頬に触れるように過ぎていった。 加賀の手に似てなくもなかった。
距離をおいてみる二人。
コンビニに行く途中、川で真鴨の夫婦をよく見かけた。 いつも2匹一緒ですぃーっと泳いでるんだけど、ある時雌が自分だけ左の方に 進んでしまい、 「ハッ!」って顔をして慌てて雄の後についていったのが可愛かった。 もう北方に帰ったかな〜。 (04,3,27) |