スノードーム



 
「このあとどっか行く?」
 その日の講義が終わって、ノートをバッグに片付けながらアユカが立ち上がる。
「ごめん、わたし学生部寄って来るから」
 いち早く片付けた鳩子が出口に向かう。
「加賀はー?」
「俺も用がある」
「ええ、そうなんだぁ」
 つまらなそうに口をとがらせるアユカと他の友人を残して、教室を出た。階段に向かおうとする途中、ふと技術棟近くの中庭にいるカモを見つけた。 一人ではなかった。
 倉田治親といる。倉田は何事かカモに向かって楽しそうに話し掛けている。カモの口が一度二度、微かに開いた。会話、している。カモの口はそれっきり動かなかったが、倉田はやっぱり楽しそうにして、カモの腕に一度手をやってそれから去っていった。


 むしゃくしゃした。
 カモは大概の人を嫌って寄せつけない。
 倉田にとっては何の気のない動作なのだろうが。自分にはできそうにない。ためらってしまう。 部屋の隅で、ヤマアラシのように周りの空気を尖らせている加茂には。
 粗雑になる足取りで裏門を目指した。空は白く曇っていつ雨がふり出すともしれない天気だった。
「あ、」
 あがった声に、顔を向けなければ良かったと思う。
「加賀サンだ」
 裏門付近の並木の合間で、カメラを持って立っていた倉田がへらっと笑った。
「加賀サン、加賀サン」と呼ぶので仕方なくそこまで行った。
「加賀サン、上のほう向いてそこ立ってくれない?」
「被写体にするつもりなら嫌だ」
「…………そうだと思った」
 何がおかしいのか、倉田は首をすくめて笑った。
 それから彼はカメラを構えて、枝葉のあたりに向けて幾度かシャッターを切った。黄土色の葉が、はらはらと落ちてくる。 一定の時に一定のスピードで落ちることが決められているかのごとく、はら、はらと。そこだけ別の時間が流れているようだった。 その中心にいる倉田の髪がそよいで、景色に溶け込んでいく。
「ねえ、加賀サン。………夏が終わって秋がくるよ」
 ふいに聞こえた現実の声に我に返る。何を言い出したのかと思えば、倉田はいたって真面目な顔をしていた。
「みんな変わっていくんだ。―― 人も、時間も」
「…………何が言いたい」
「さあ」
 倉田はつかみどころのない表情に戻って、へらと笑った。
「でもオレはそれをとっておきたい」
 独り言のようにいって、倉田はまた並木に向きなおり、もうこちらを見ることはなかった。妙に不穏な気分になった。季節が変わっていこうとする不安定さ。 何かが変わっていくことへの不穏。
 むしゃくしゃした。


 それを手にとったのはなんとなく目にとまったからで。店を出る時にはそのまま購入していた。
 無意識に向かっていたカモのアパート。小さな水の粒が頬にあたる。着くころには雨が降り出していた。
 すべりの悪いドアをあけて、薄暗い部屋の端の方にうずくまるカモを見つけて、なぜかほっとする。
 この頃、カモはときどき部屋を空けるようになった。実質学生寮のようなアパートとはいってもカモは恐ろしく無用心で、時々鍵があいたままになっている。 近くのコンビニに出かけたのか、新しいバイトをはじめたのか、それ以外の場所にいるのかはわからない。
 がらんとした抜け殻のような部屋を見ては訳もなく不穏になる。
 カモは外に出ようとしている。
 そして、多分、それをさせるのは治親なのだ。
 自分が来たことを知らせようとわざと音をたてて部屋に入った。
 カモは動かなかった。おそらく寝てはいない。
 さあさあと降る雨の音の中に、ポタリ、ポタリと不規則な音が混じる。目をやると水道の蛇口からわずかに水が滴っていた。それをきつくしめて、蛇口ぐらいちゃんとしめろ、と言おうとしてやめた。
 振り返ると、カモは首をもたげて窓の方を見上げていた。雨の滴り落ちる薄暗い空を、ガラスのような黒い目に映している。雨で外に出られないカモの心はどこか遠いところへ飛んでいってしまっているのかもしれない。
 がさがさと包装紙をやぶって、買ってきた中身を窓辺に置いた。
 少し気の早いスノードーム。
 手のひらに乗るほどの半円形のガラスの空間に、精巧な細工の庭がある。それを満たす液体の中で、小さな透き通った粒がゆっくりと舞った。
 すべて下に落ちると、また逆さにして降らす。一定の時に一定のスピードで落ちていく。そこだけ別の時間が流れているようだった。
 この中にカモを入れてしまえればいい。
 部屋に閉じ込もるカモが外に出ることを望んでいたはずなのに、いざそうなれば閉じ込めておきたいだなんて、ひどく矛盾している。
 わかっているけれども、今このスノードームを眺めている間だけは許されるだろうかと。そんなことを思った。
 スノードームにかけた手の上にふいにひやりと柔らかなものが触れた。
 カモの白い手。驚いて目をやると、部屋の隅にいたはずのカモがすぐ横にきていた。
「…………、」
 じっとスノードームの中を見ている。
「…………やるよ」
 それだけ言うと、カモは頷いた。
 不穏な感情は、気まぐれに乗せられたままの手のひらと一緒に動けなくなる。
「…………なあ、もし、どこか行きたいとこがあるんなら、」
「どこにも行きたくない」
 珍しくカモははっきりと口に出して言った。
 外は雨が降って。永遠に同じ時間が続くはずはないのに、まるでスノードームの中にいるような気分に囚われた。


 後日、どこで見つけてきたのか全く同じスノードームをカモに渡された。どういう意味があるのかはカモにしかわからないが、 カモの部屋と自分の部屋には全く同じスノードームが置いてある。










だからこう閉じ込めておきたいっていう・・・(説明すんな)

スノードームばかりを集めて撮ったポストカードを持ってる。
スノードーム美術館っていうのもあるらしく。行ってみたい。
今年は残暑厳しい9月でした。
(07,9,30) 







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