24:00






「……………………倉田さん、よく来るの、」
「…………ああ」
 加賀の部屋で、加賀はそれ以上何も言わなかった。



 急に杏仁豆腐が食べたくなって、いてもたってもいられなくて。十時を回ったコンビニに買いに出かけた。
 近くのコンビニは目当てのメーカーの杏仁豆腐を置いてないので、遠出して違うコンビニまで行くことにした。
 夜の空気は生温くて、このまま全部どうでもよくて、どこまでも歩いて行ける気がした。けど、やがてコンビニに着いて、 自動ドアの前に立てばドアは開いて、有線の流れる店内にいる。



「もしかして、隆文のとこに来たの?」
 あの階段の上から、倉田は加賀に見せるのと同じ優しげな表情で目を細めた。
 いつも、その目で加賀を見て、タカフミと呼んだその声で加賀に話しかけるんだろう。



 コンビニは店員以外誰もいなくて、目的のコーナーへ行って、杏仁豆腐を5個とった。「スプーンは5つお付けしますか?」と言われたので首を横に振ったら、黒縁眼鏡の店員は少し こちらを見た後、杏仁豆腐を5個とスプーンを1つ袋に入れた。
 店内から一歩出ると、またあてもない夜は広がっていた。
 詰め込まれた狭いビニール袋の中で杏仁豆腐はがちゃがちゃとぶつかった。
 目的のものは手にしたのに、どこかへ行かなければならないと気はせいだ。
 このコンビニからそのまま先へいったら一度行ったことのあるアパートがあって、その部屋に灯りがともっているのを確認したらきっと何か訳もなく安心するような気がしたけど、窓は塗り潰したみたいに真っ暗だった。
 生温い空気は、いつしか冷え込んでいた。
 ふいにその場にしゃがみこみたい気持ちになったけれど、杏仁豆腐のかかった腕の重さがやけに意識されて、ただ突っ立っていた。



 留学後、加賀が倉田を下の名前で呼ぶようになったことなんて、とっくに知っていた。
 加賀と倉田のようにはなれないって最初から知っていた。
 何もしないで全てを理解してもらおうなんて傲慢だと、ほんとは知っていた。
 それでも抑えきれないものを、
 どうしたらいいのかわからない。



 暗闇からあらわれた足音はとまった。呑み会の帰りらしい加賀は、驚いたような顔をして一瞬戸惑ったように迷って、 それから次第に険しくなった。
「何やってるんだ、こんな時間に」
 怒っている。
 何がしたいのか自分でもわからなかったので、持っていた重みを前に差し出して加賀に押しつけた。
 杏仁豆腐なんてほんとはそんな特別食べたくもなくて、加賀を探しに来ただけだったけど。 もう遠い外国じゃないんだって。歩いて行けば会える距離にいるんだって。 ほんとは全部そんなわかりやすいことで出来てるんだって、知っていたけど。
 加賀はきつい目つきをして、袋を取るのかと思ったら通り過ぎて二の腕をつかまれた。冷たい、と加賀は言った。
「いつからいた?」
 ついさっき着いたような気もするし、随分前からいたような気もする。
 加賀の手が動いたのではたかれるのかと思ったら抱きすくめられた。
 顔が加賀の服に押し付けられてゆがめられて泣いているようなかたちになったから、なんだかほんとうに泣きたくなった。
 酔った加賀の真意が別の誰かに向けられているのだとしても。
 連れて行かれた部屋の暖房の前で、杏仁豆腐のようにぐずぐずと、溶けてしまいたい。












おそろしいことに最初の話を書いたのが3年も前で、
加賀の名前をさっき考えた。

杏仁豆腐は相変わらず食わず嫌いです。
(07,4,12) 







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