パルス





 夢を、みていた。
 部屋の隅で膝を抱えてうずくまっていると、前に、加賀が立っていた。
 少し屈んで、何かを確かめるように、こちらに手を伸ばして。髪に一度触れるとすぐ離れる。
 それからまた存在を確認でもするかのように、頭の左半分を辿った。何度も、ゆるやかに、山の裾野をすべっていく霧のような手だった。
 加賀がすぐそこにいるのがわかっているのに、全身が重くて、どうしても動くことができない。
 加賀は何だかあきらめたようにため息をついた。周りの空気がふいに緩んだ。
 行ってしまう。そう思った。
 それなのに、やっぱり鉛のように重たくて。
 加賀がすぐそこにいるのに。
 すぐそこに。


 鈍いまぶたをのろのろと押し開けると、薄暗いばかりの部屋が広がっていた。
 うずくまって突っ伏して、いつしか眠ってしまったらしい。
 外を走る木枯らしががたがたと窓枠を揺らす。
 誰もいない。いつもと同じ。
 たとえようのない喪失感と、部屋に一人きり。
 都合のいい、不確かな夢を見ていた。
 夢でさえ、違う自分にはなれなかった。
 まるで最初からいなかったかのような。加賀と関わりのない月日がどれだけ過ぎただろう。
 いつか加賀自身は日本に帰って来ても、離れてしまった心はもう戻って来ない。
 海を渡れなかった心のことを、考えた。一羽残された心は、きっと鳴いたりしないだろう。一羽で強く生き抜いていくのだろうと。
 そんな鳥になりたかった。
 なれなかった。
 自分の心には鉄のように動かない線が重く横たわっている。
 それが常に水平であることを望んでいた。
 少しの振動も嫌うように、人と関わらなければ、動かされることもない。
 それなのに。
 頬にひんやりとした空気を感じて、泣いているのだとわかった。
 部屋の隅で声をひそめて泣いた。誰にも気づかれることのない、四角い部屋の隅で。





「なんで泣いてんだ」
 無音だった室内に、異質な音と声が落とされる。
 コンビニの袋を下げて、ぎょっとしたように立ちすくんだのは加賀だった。
 ぼやけた世界の入り口に加賀だけが立っていた。
「いや、一度来たけど、お前起きそうになかったから下のコンビニに」
 ぼそりぼそりと、言葉をつなぐ。
「……………………さっき、ここに、いたの、」
「………いたよ」
 もう訳がわからなくて、余計に視界が霞んだ。
 近づいて屈み込んだ加賀に無言で頭を押しつけた。
 心の音が聞こえてくればいいと思う。
 言葉の構成がうまく作れないのなら、触れ合っている部分から伝わればいい。
 鈍く重たい心の線が激しく揺さぶられる。
 それが嫌ではないと、とうに知ってしまっている。












コンビニ行くなよ。
戸締りにも無頓着な加茂。口下手な二人。

* − pulse − (パルス) …… ごく短時間流れる電流。 (辞書)
(06,12,9) 







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