隙 間 ふと顔をあげる。 四角い部屋。いつもと同じ風景。 最も安心できる部屋の隅で、いつものようにひざを抱え、いつもと同じように座っている。 朝起きて、授業のある日は大学へ行って、夕方からバイトに入って、夜になったら寝る。 普段と何一つ変わらない日常なのに、なんだか変だった。 時計の針が進む音、どこかで犬が鳴く声。 後は寝るだけの何をするでもない時間。 背中には厚い壁、素足の裏には荒い畳。横がまだあいている。 違和感をおぼえて、先週 百貨店で手軽なラックを買って隣に置いた。少し落ち着いた。 もたれてみると、表面が拍子抜けするほど軽くて無機質だ。 ふいに何かの衝動がせりあがってくるような思いに駆られて、慌てて考えるのをやめた。 「おっす」 適度に雑音があって、適度に人のいない午後のホール。 六人掛けのテーブルに一人座って、レポートの構想を考えているところへ、カフェオレ片手に勝手に座ってきたのはハルチカだった。 前に見たよりも無駄に明るい髪の色をしている。 「なんのレポート? あー、普遍性のやつね。それ去年一般でやったやった。十枚以下受け取り不可ってやつだろ? ま、オレは再提出になったけどー」 「……………………ハルチカうるさい」 「あはは、そんな怒んなって」 人の都合などおかまいなしにしゃべるだけしゃべって勝手に笑うと、ハルチカはストローをくわえてカフェオレを一口飲んだ。 ハルチカのことは気にしないで構想を考えることだけに努める。ハルチカはハルチカでケータイを取り出してメールを打ち始めた。 同じ場所にいてもそれぞれがやりたいように過ごす。ハルチカとは相変わらずそんな付き合い方をしていた。 「………そういや、連絡とったりしてんの」 30分くらい経ったころ唐突に言われて、レポートを書く手をとめた。 連絡…………。 「加賀サンと」 ハルチカの口が動いてその単語を作り出すのを目で見ていた。 首を横に振る。 「ぜんぜん? まったく?」 ハルチカはただでさえ大きめの目を丸くした。 「………らしいといえばらしいけど、あんたそれでいいわけ?」 「別に」 ハルチカはおかしなことを言う。別にいいも悪いもない。 今までもそうだったのだから。 「寂しくねーの? ま、オレも言えるほど連絡とれてる訳じゃないけど。 なんでもハトコと加賀サン同じアパートの三階と六階に棲んでんだって。近くのマーケットでよく会うんだとか言ってた」 ハルチカは少し目を伏せてへらっと笑う。 空を渡って何時間もかかる離れた異国の地にいる加賀と倉田さんを思った。加賀のことはよく思い描けなかったけど、倉田さんの 優しげな黒目がちの瞳がやけにはっきりと浮かんだ。 待ち合わせて大学に向かったりするのだろう。マーケットで会って一緒に買い物をして、同じ場所に帰って………、互いの部屋を行き来したりもするのだろうか。 胸が鈍くざわついた。 ように思ったけれど、すぐ元に戻った。 自分がこの頃ずっと感じている違和感の原因を、ハルチカならわかるだろうか。 「……………………時々、ふっと我に返る。一人なんだ、って気づいて。不安になる。別に今までと同じなのに」 ハルチカは何だか呆れた顔になった。 「………あんた、それ寂しいっていうんだよ」 寂しい………? 寂しいだなんて考えたこともなかった。 「ぜんぜん平気じゃないんじゃん。あんたほんと仕方のない人だね」 らしいといえばらしいけど。 ハルチカはまた言いたいだけ言って、次の講義に出るから、と席を立った。あんたと話してたら、なんか悩んでるだけ損かなって、少し元気が出た、そんなことを付け加えて。 一人の部屋、いつもの定位置で、身を隣りのラックに預ける。 人工的な素材の乾いた表面が、秋の肌には少し冷たい。 加賀、じゃない。 加賀がいない。 ここに座っていたら、加賀が勝手に隣りに居たりした。 それが何か自然になってしまっていたから。 そうか、寂しいんだ。 気づいても、加賀はいなかった。 外から帰ってきて、冷えきっていた温度が少しずつあがってくる。 自分より少し、体温が高いのかもしれない。 「…………俺が向こう行ってた間、寂しくなかったか」 訊いてくる。何でもないことのように。でもどこかこわばった声で。 「……………………別に」 「…………だろうな、」 そう返した横顔の方が寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。 「………………でも、……… 今ここにいたらいいのにと思ったことは、何度か、あった」 「…………」 それを寂しいっていうんだろ、少し間をおいて、加賀は低い声で笑った。 別に何も変わらない。変わらないけど。 ラックは明日片付けようと思う。
最後のは夢?(訊いた)。
夢オチ?
恐竜のような鈍感さ。 何が書きたかったかというと部屋で隙間に挟まっている人(怖) 心の隙間とかけてるわけですよ(説明した) (06,10,1) |