燃えて散って花火
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 夏だから会おうと言い出したのは佐山で、プチ同窓会でもないけど、クラスもばらばらで仲の良かった少人数のメンバーとそこから声をかけた何人かで集まった。 だから、オレンジ色の淡いライトに照らされた席に委員長がいたのにも表面上では驚かなかったし。向こうもそうだった。 学生時代しか知らない皆にすれば特別親しい間柄じゃなかったし、他の人と同じように久々に会ったように振る舞った。委員長は近くの席相手に相槌をうっていたし、 こっちはこっちで佐山たちと馬鹿みたいに盛り上がっていた。 元同級生たちの近況を聞き合って、一段落したら高校時代の話になって、誰々はどうしているだのあの先生は結婚しただの。教室にいるような雑音が心地いい。 別におかしいことなんてない。夏によくある風景。 ほら、たまたま始まってから一度も委員長と声を交わす機会がないだけで。顔を向けていた方向だってばらばらだったし。けど。ふいに向けた視線が、合うこともなかった。 最近、電話したのいつだっけ。 顔を見るのはそうはいっても久しぶりだったし。 だから、寂しい、なんてちょっと違う気もするけど。 なんだか本当に学生時代に戻ったみたいだった。 話はできない。声も届かない。 「そういえば隣町の花火大会今日だって知ってる?」 「え、今から行こうよ」 「この時間から? 帰り混むぞ」 「えぇー、絶対ヤだ。この暑っ苦しいのに人多いの」 「でも花火見たくねえ?」 騒いだ流れで、学校に行ってみようなんて話になった。 慣れ親しんだ母校の、鍵が緩んでいる窓など勝手知ったるもので。携帯電話の液晶をライト代わりに、 夜の廊下でぞろぞろと、声が出そうになるほどの昂揚感を抑えて、それから屋上を目指した。 「うわ、ケータイ落とした」 「佐山ッ、うっさい」 「浅井、そこ! 足下、踏むなよ」 「声でかいって」 階段の列の前のほうで振り向くと、委員長は最後尾あたりで感心しないという顔をしていたけれど特にとがめて水をさすようなことはなかった。 少し柔軟になったのかもしれない委員長にまた少し距離を覚えた。 委員長だって変わっていく。知らないところで。もうしばらく経ったら、全く知らない人になってしまうんじゃないかって。スタート地点と同じ。ゼロになる。でも同じじゃない。 屋上の重い扉を開くと夜風が吹き込んで、あふれだした開放感に押されるように、いっせいにフェンスに駆け寄った。 「うわー、空綺麗」 「ほら、音聞こえるよ」 「見て、あっち花火っぽいの見えた」 「でぇー、ちっちゃ」 右斜め方向に、ポン…ポン…と申し訳程度に小さく赤と緑の丸が咲いた。続けて、黄金、そしてカラフルな輪っか。 続けざまに浮かんでは消えていく。 「ああ、でも本当に見えるんだ」 誰かがぽつりと呟いて、それから急にみんな静かになって、しばらく隣町の方角の黒い空を見ていた。 「カキ氷食べたいね」 「誰かコンビニ行って買って来いよ」 「俺行く。佐山も来い」 「なんで俺〜」 「じゃあ私も行こ」 半分くらいがいなくなって、戻ってきたと思ったら「花火セット買ってきた」なんて言うものだから、それからさらに他のメンバーが下に降りた。 水飲み場の脇で、手持ちの花火の細い炎に照らされたいくつもの顔がうっすらと光っている。「しょぼい」と楽しげな声があがった。 屋上に残っていたのは、騒ぐのが嫌いな委員長と、わざと残った自分だけだった。 離れた場所で下を見ていた委員長の隣りに行った。久々すぎて膝が笑ってしまいそうだった。 笑うってこういうことなんだと関係ないことを考えて、頭の中を散らした。 さりげなくそこを去って降りていく委員長を想定していたけど、彼は動かなかった。 横を見る。暑さなんて人並みには感じないかのように涼しい横顔をしている。薄暗闇のあいだで色が見えるはずもないのに、 委員長の半袖シャツが学生の頃のように白く見えてどきっとした。 委員長にはきっと、一瞬に燃える花火の熱さなんてわからない。 海見えないね。 話題を探して声に出そうとしたのに喉がカラカラだった。 ここから見ていた。一本の線のような遠い海を。 ここで見ていた。今は黒くて空にまぎれてしまった夜の海を。 きっと委員長も同じように真っ黒な瞳をしている。 だからもう少し隣りに寄って、委員長が動かなかったのでさらに寄ったら寄りすぎて腕がぶつかった。こんなに暑いのに くっついて、委員長の服の表面は冷たくて、あとに退けない。 「遠いな」 ぼそりと発言した言葉が、振動が直に伝わった。 一挙一動にびくっとして、これ以上破壊力のある言葉を口にされたら、きっと壊れてしまう。 「花火」 委員長は花火を見ていた。こちらを見てくれないからわからないけど、きっと黒い海のような目をしている。 花火が終わったらこの関係も消えてしまうんじゃないかという気がして怯えた。知らない間柄に戻って、目も合わない。声も聞こえない。 明日も明後日もずっとこうしていれたらいいのに。朝がきて夜になって、地球がぐるぐる回って、冬がきてまた夏になって。ずっとこの 小さな瞬間の花火を見ていられたらいいのに。 「遠いね」 遠いし儚い。声になっていたと思った言葉はかすれていた。何か見えない力が消してしまったのに違いない。 「しょぼい」 また下から笑い声があがった。佐山は煩い。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こう…夏の刹那的な雰囲気を出したかったのに。
相変わらず年齢設定を下げたい。 タイトルは最近見た内PのDVDでパラ部の登場時のネタが面白かったのでそこから。 (07,7,29) |