2.





「祭りの花買ってよ、旦那さん」
 たった今強風に吹き上げられでもしたような短い髪の花売りの少女は、エプロンドレスの裾を少し持ち上げてぎこちないお辞儀をすると、白い歯を見せて笑った。
 テラスで休んでいた彼は、誰がこの少女を屋敷の中まで通したのか訝しく思った。
 彼は少し息をつくとできるだけ優しい声で言った。
「花はいらない」
「どうして? これ、今年一等よく咲いた花だよ。こんな大きな蕾は珍しいから、屋敷の旦那さんなら高く買ってくれるだろって母さんが」
 少女は目を丸く開いて、口を尖らせるように一息で言った。手にした籠がぐらぐらと揺れた。
 中の株は確かに立派な蕾をつけていたが、彼の興味に映るものではなかった。
 この一夜という意味の名前を持つ植物は、ちょうど祭りの晩に白い大輪の花を咲かせ、その名の通り一夜で散る。祭りの夜、家の門前にこの花を置いて角灯を吊るすのが村の習わしだった。
 しかしそういったことに関心のない彼は一度も習ったためしがない。
「花を高く売りたいのなら、私ではなく港付近の屋敷でも訪ねることだ。あちらのご主人はそのようなものがお好きなようだから。少なくとも私は花が好きではない。ここでなくとも屋敷ならいくらでもあるだろう。他をあたっておくれ」
「あたし花が好きじゃない人なんて聞いたことないわ。こんなに綺麗なのに。なぜお嫌いなの?」
 なぜだのどうしてだの質問の多い娘だ。
 それに言葉遣いに遠慮というものが感じられない。質問はするものであって、されるものではない彼はわずかに苛立った。
「花はすぐに枯れる。特にその花など一晩ももたないだろう。どこが美しいのか私にはわからない」
 少女はますます目を丸くした。よくもこんなに大きく目が開くものだと、彼は軽い感心すら覚えた。
「どうりで旦那さんのお庭はこんな殺風景なんだね。庭師なんていなさそうだもの」
 少女はしばらく考えて、納得したようにテラスから広大な庭を見渡した。
 庭には申し訳程度に背の低い木が生えているばかりだった。それらの剪定は年老いた技師が機械調整の合間に暇つぶしで行っている。
「旦那さんはやっぱり変わり者だね」
「それも村の者たちが噂しているのだろう。ドールとしか暮らせない変わり者だと。しかし彼らは生きているものと違って決して変わらない。私は彼らが花よりよほど美しい。 ・・・ご覧」
 彼は傍らにいたアリスを手で示した。少女は小さな口まで丸くする。
「この人も機械人形<ドール>? あたし奥さんだと思ってたの。ほんとお綺麗な方なのね」
 少女ははじめ彼にしたのと同じようにちょっと裾を持ち上げてお辞儀をした。ドールと判っても変わらぬ敬意を払う少女に、彼は少し満足した。
「じゃあこの人も花がお嫌いなの?」
「それはわからない。花など見せたことがないからな」
「花を見たことがないですって!? 一度も?」
「そういうことになる。彼女も私と共にずっとここにいるのだから」
「・・・ねえ、いいこと思いついた! 旦那さん、あたしを雇ってよ」
 突然声を上げる少女に、彼は内心驚かされる。めまぐるしく変化する少女には会った時から驚かされるばかりだ。
「ここの庭のお世話をするわ。祭りまでにこの花も咲かせる。あたし花のことなら何だって知ってるよ。兄さんは牛乳運びの仕事をやってるんだけど、あたしはその手伝いをしながら育てた花を売ってるの。 兄さんにはお前は口が悪いから雇ってもらうなんて無理だって言われるけど、あたしだって働きたいの。言葉はできるだけ直すよ。すぐには無理かもしれないけど・・・。お金も少しでいい。それに、花がたくさんある庭を見たら、この人も喜ぶと思うんだ」
 少女は少しはにかんだようにアリスを見上げた。アリスは冷たく硬い瞳で少女を映している。
 よく喋る少女には抵抗があったが、アリスが喜ぶという言葉には心を動かされた。金ならある。花は嫌いだが、アリスはこの少女のように花が好きかもしれない。
 彼は少女に兄の手伝いを済ませてから毎日屋敷へ来るように言った。
 「あたしネリーっていうの」少女はどこか照れくさそうに名乗ると歯を見せて笑った。


「アリス、今まで放っておいた庭だが、庭師を入れることにしたよ」
 その日の夜、庭園を見渡せるテラスに立った彼は、傍らに佇むアリスに話し掛けた。満月になりかけの月の光が、屋敷の当主と美しい機械人形だけを照らし出していた。
「アリス、お前は花が好きか」 
「見たことがないものについてはわかりません」
「ではお前の好きなものは何だ。何を見ると嬉しいと感じるのだ」
「その質問にはお答えできません、旦那さま」
 何度も繰り返してきた不当な質問の決められた答えに、彼はほんの少し寂しげな顔をした。
「この庭はそのうち変わるだろう。何か不都合があれば私に言うといい」
「不都合などございません」
 旦那さまのお望みのままに。
 アリスは普段と何一つ変わらない精巧な顔に、上手に笑いを浮かべた。


 小さなひずみは、気づかないうちに深さを増していく。



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いじわるネリー。
不思議の国のアリス。
名前は一緒でも、イメージは別もの。
ネリーの外見は、薄い赤毛でぼさぼさくせっ毛で大きな青い目がいい。
「彼」は特に考えてないから何でもいい(おい)





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