電話嫌い 

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 枕もとに置いていたケータイの音で起こされた。
 額を堅い機体にぶつけて軽いパニックに陥る。目線だけで時計を探すと八時だった。焦ってベッドから足を下ろして今日は休日だということに気づく。
 なんだ。
 ぶつぶつ文句を言いながら、冷たい床から爪先をあげて布団に入れ直した。
 勢いをつけて枕に後ろ頭を沈めようとして、痛みでとびおきた。キッと枕の中央をにらみつけると、いまいましいケータイが悠々とのさばっている。
 細い機体をつかんでゴミ箱に投げ入れ、そこで反省してろ、と思う。
 携帯電話って大っ嫌いだ。
 あのカタカタパタパタと激しい自己主張。俺ヲトッテクレ! 俺ヲトッテクレ! と言わんばかりに振動しているところを見ると、どこかに閉じ込めたくなる。 
 どうせ一番かけてほしい相手からかかってくる訳でないし。
 思い込みなんかじゃなく。答えはいたって明確だ。
 喧嘩してすぐに番号を変えた。
 短気は何とかなんて言葉がぐるぐる頭を回ってぱちっと消えた。

 2度寝する気にもなれず、布団の中でごろごろする八時半。
 いやに部屋が暗いと思ったら外はどうやら雨降りらしい。
 ベッドに座ったままカーテンをめくると、細い針のような雨が窓を叩いていた。ピリピリとした雨音。
 ・・・雪になるかもしれないと思った。
 窓の脇にすぐベッド。あきらかにおかしいよ・・・そう指摘された声がまだ部屋の隅にわだかまっている。ほこりにまみれて古びても、まだ残っている。まだ。
 主のいない二段ベッドの上段を足で蹴る。
 初めは憧れだった上段で眠ったりもしていたが、すぐに飽きて元いた下の段に戻った。譲れ、譲れと散々言って羨ましかった上段は思ったより良いものじゃなかった。
 一人で寝る二段ベッド。あきらかにおかしいよ。

 今日は一日雨になりそうだ。
 冬の雨は見るからに冷たそうで、せっかくの休日に外に出る気もしない。
 雪になりかけの雨。
 小学生の頃は、教室から眺めるこんな雨が好きだった。家に帰れなくなることが。そうすれば教室に一緒だ。
 喧嘩して出て行った日もこんな雨だっけ。
 喧嘩なんてこの雨みたいなものだ。
 一粒にも満たない些細なことが、集まって広がっていつのまにか大きな流れになる。取りかえしのつかないくらい。

 ルルルル....ルルルル....
 部屋のプッシュホンが気怠げな音をたてる。
 ケータイなんか無くったって、この部屋にはプッシュホンがある。こっちの方がよっぽど可愛げがある、と曲線を描く受話器をとった。
「はい、」
「……………………川本だけど」
 無言電話かと思って切ろうとする寸前、よく聞き取れない声が滑り込んできた。この独特の間。ちっとも心のこもっていない調子。間違いなく、知っている川本だ。
  雨の日に喧嘩したあの川本だ。
「何、」
 口をついて出た声は自分で思うより落ちついていた。もっとトゲトゲしたひきつったものになるかと思っていたのが。もう過去のことと、とっくに決着がついていたのかもしれない。時間がたちすぎて。
「何って……連絡。前集まった連中でまた集まらないかって。宇井と中目黒に頼まれてさ」
 連絡・頼まれて?
 あっけない言葉に、平気なはずだった何かがガラガラと崩れていった。外は雨。中も雨。どしゃぶり模様。何だ、それ。
 川本は淡々と事務的に日時やら場所やらを繰り返している。
 頭とは反対に、唇は軽く回った。
「宇井さんは、元気なの?」
「宇井は元気よ」
「中目黒は相変わらず?」
「ああ、相変わらず」
「ふーん」
「んで、出られる?」
 間髪を入れず用件に戻される。世間話もできやしない。そんなに早く切りたいのかと思うと、何だか泣けてきた。
「……その日、無理っぽい」 
「あ、そ」
 そのまま切られそうな勢いだった。
「もうちょっと話さない?」
「いいや、切る」
「少しだって」
「切る」
 言い方が潔いからいっそそれもいいかと思った。
「じゃあ、いいよ。これ最後。川本は? 川本は今何やってんの?」
「川本は……」
 自分で自分を「川本」って言うなよ。女子高生じゃあるまいし。
 思わずそう言おうとしたら
 ピンポォン...
 と玄関から力尽きそうな音が響いた。うちの機器類はどれもこれもやる気が足らない。この部屋の元住人と一緒だ。元。
 そう言えば昨日、宅急便の不在届けが来てたっけ?
「悪い、ピンポンが鳴った」
「チャイムって言えよ」
 暗い受話器の穴の向こうから押し殺したような声が返ってくる。
「宅急便だわ。ちょっと出てくる」
 次を言うのに、けっこうためらった。
「待っててもいいって思うだけ待ってて。5分たったら切っていいから」
「わかった」
 最初に待ちたいだけって言ったじゃないかよ、っていうツッコミを期待したのに、あっさり承諾された。
 もう二度とつながらない気がした。
 受話器を棚に置く。ごつっという乾いた音が何だか間抜けだった。
 違う棚の一番上の引出しから印鑑を取り出して、ばたばたと玄関に向かう。
 はいはい今出ますよ。
 雨まだ降ってんのかな、と扉を開けたら川本が立っていた。
 一瞬、そのまま閉めようかと本気で思った。
「何寒いことやってんの?」
「…………雨降ってたから帰ってきた」
「何だ、それ」
 はらいせに川本の左手のケータイを雨の中に放り投げようと決意する。
 水に浸って止まってしまえ。
 文明の力っていうのに、初めて価値を見出した気がした。




「雨、すごくなってきたねぇ」
「ほら、窓ガラスがぴしぴしいってる。雪になるかなー? 傘持ってきてないよ」
「……ちゃんのお母さん、おうちにいるんでしょ? 電話してお母さんに迎えに来てもらえばいいじゃない」
「いいよ、まだ残る」
 まだここに居たいから。だって……ちゃんはまだ帰れないんでしょ? まだ一緒に残りたいんだ。
 薄暗い雨の日の教室、飲み込んだ言葉。
 多分まだ、あの日のまま。









friends 改題 電話嫌い  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 何だ、このオチ(笑)。
 男にしようか女にしようか最後まで迷いが処理しきれず。
 こんなのが楽でいいです。
 何時間かで作れる。
(03,1,5) 



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