カラフル






 まるで特別じゃない日の朝は、まるで特別じゃなく始まらなければならなかったのに、起きればちらちらと雪が散っていた。
 誰に急かされるでもなく身支度をして、いつもより厚手のマフラーを選んで、一時間早く家を出る。
 うっすらと、アスファルトに積もりかけの雪は、かけすぎた粉砂糖みたいだ。
 道すがら確認したケータイには着信が一件。

     【 件名 : 雪だね 】
           今日の講義休みにならないかなぁ?

 同じ学科の女の子からだった。さぁ、と思った。さぁ、と返すのも変だったのでそのままケータイを閉じた。
 大学へ向かう道を、いつもより3倍 時間をかけて歩く。道路を行く自動車ものろのろとゆっくりで。ランダムに降ってくる雪と同じ。世界中がのろのろと進んでいく中、時計を気にして険しい顔をしたスーツ姿の人達だけがせかせかと先を急いでいた。
 雪は降る場所を選ばない。
 次第にどこもかしこも白い色に隠されていく。
 歩道の先の方を、水玉の長靴を履いて、赤い傘を持った小さな女の子が、母親と一緒に楽しそうに歩いていた。
 真っ白い街中に、たった一つの丸い赤い傘。それがあんまり鮮やかで。水面にパッと波紋が広がるように閃いたので。なんとなくシャッターを切った。
 まるで特別じゃない景色が、ときに特別に光る瞬間を、残しておきたいと思う。


 大学に着けば、無論、講義は休みではなく。雪は午後にはそこそこに溶けて、小さな水溜まりを作った。味気ない講義は普通に終わって、こんな日に限って誰からも誘われなくて。着信は何件かあったけれど。特別な言葉はひとつもない。教えてもないから当然なんだけど。電話をかければそろいもそろってバイト。
「バイトとオレとどっちが大事なんだよ」
「バイト」
 気の知れた薄情な友人からは2秒で切られた。まるで特別じゃない日の電話はいつものノリで過ぎていく。


 白い世界は、昼を過ぎればただの水っぽい町になっていた。こんな日は、案外こんな風に終わっていくものなのかもしれない。歩きだそうとした交差点の手前で、信号待ちをしている加賀さんの姿を見つけた。
「加賀サン」
 声をかけると彼はこちらを見て、あきらかにイヤそうな顔をした。だからへらっと笑って言う。
「加賀サン、これから時間あります?」


 さっきから加賀さんは視線で穴を開けるんじゃないかというくらい真っ直ぐに壁の中央を見据えて、仏頂面でビールを飲んでいる。本当はカモさんに近付くオレが疎ましくて仕方ないはずなのに、流されてこんな店まで付き合わされている。この人も大概お人好しだと思う。
 そんなずるずるとした優しさがカモさんを怯えさせていることに、この人は気付いていない。
 どうでもいい話を好き勝手に喋るオレの横で、ああ、そう、とか地味に相槌を打つだけの加賀さんは、きっと今オレがカモさんと付き合うことになったと言っても、「そうか」とだけ言うんじゃないかと、そんな気がした。
「オレ、今日誕生日なんですよ」
 カモさんと付き合うという嘘の代わりに、そう口にしたら、加賀さんは想像した通りに「そうか」と言った。
「嘘ですけど」
 そう言ったら、加賀さんはいっそう眉をしかめてすごく嫌そうな顔をした。だからへらっと笑う。
 カモさんは例えるなら無色透明だ。
 何にでもなるし、何にもならない。
 あの人と自分は精神的なところでどっか似てるんだって、寂しいと思う部分が同じなんだって、そう思う。 何も口に出さなくても、感じてることがなんとなくわかる。ほら、そういうの、“運命”の相手っていうんじゃね?
 ただの気の迷いって名が付くんだとしても。
 それからどうでもいい話を好き勝手に続けて、本当に話したいことは何ひとつ話せなくて、話し足りたところで帰ることにした。先に会計に立つ加賀さんの後を雑然と追う。財布を出そうとしたら「奢るよ」と加賀さんは言った。
「なんで」
「誕生日なんだろ」
 加賀さんは言う。ばかだなぁと思う。
 ああ嫌だ。どうしてこの人はこうなんだろう。ここでへらっと笑わなければならなかったのに。笑うのが自分だったのに。笑えないまま口を結んで、先にある後ろ姿を追った。ああなんでこうなんだろう。だって、オレの好きな人は、皆 あんたが好きなんだ。



 一人で歩く暗い夜道に雪の面影はどこにもなくて、白い月が冴え冴えと澄み渡っていた。着信はゼロ。
 アパートについて部屋の鍵を出そうとしたところで、ドアノブに覚えのない紙袋がかかっているのに気付いた。白い包装紙につつまれていたのは、いっそ芸術的なまでにおかしな色合いのマフラーと一枚のメモ。

     “ 誕生日おめでとう ”

 細い穏やかな曲線を描いた字は、鳩子のものだった。
 ばかだなぁと思う。
 なんでこの時代に手書きなんだとか、なんでレポート用紙なんだとか。相変わらずのセンスのずれだとか。 もう2月も終わりだけど。マフラーなんて何本もありふれているけど。こんなアーティスティックなマフラーを着こなせるのは自分しかいないじゃないかと思う。
 ああ、なんでこの人は。
 いろんな色彩をたくさん通り過ぎてきた。
 まるで特別じゃない日のまるで特別じゃない一日が報われる。真っ白い世界に咲いたたった一つの丸い赤い傘が、ねえさんだったんだ。

 子供のころ、義理でねえさんと呼んでやったらすごく嬉しそうにした。ばかだなぁと思う。
 ふと振り返った街並みはただただ黒かった。









ずるずるとした優しさってなんだね(?)
2/29 特別な感じ。
(08,2,29) 







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