バ ー ド ケ ー ジ
                                           


 春の朝は騒がしい。
 鳥の声が充満する広い庭で、少女は花壇の中にいた。
 屋敷を取り囲むように咲き始めたチューリップは、赤、白、黄、紫、薄紅と、色彩も種類もさまざまだ。
 少女は服の長いすそが土につかないよう細心の注意を払いながら、三つ四つと花を摘んでいく。
「ああ、ああ、ネリーお嬢さん、またそんなお洋服で外に出なさって」
「大丈夫よ、あと少し摘んだらすぐ中に戻るから」
「仕方ねぇやなぁ、このお嬢さんは」
 腕にたくさんの花を抱えて大きな声で答える少女を見て、庭木の手入れをしていた老技師は困りはてた顔で笑った。
 機械ばかりで鉄の檻のように重苦しかった館に、春のように明るく活動的な少女が来てから早数ヶ月になる。初めのころは着慣れなかったドレスにも、すそを汚さないくらいには馴染んだようだった。
「やれやれ、その内ここの奥さまになろうって方がねぇ」
「奥さまだなんて、やめてよ、おじいさん」
「おや、照れてなさるのかね」
「違うの。ほんとにそんなんじゃないの」
 そう呟くネリーは顔を少し曇らせたが、彼はそれに気づかなかった。
 この屋敷で主人に次ぐ発言力を持つ老技師は、こうして時折ネリーを「奥さま」と呼ぶ。からかいもあるだろうが、事実そうなることを望んでいるのだった。
 しかし、ネリーには本当に自分の立場がよくわからないのだ。
 屋敷の主人が何を考えているのかわからない。
 自分を屋敷においてくれるのは、生活に余裕があるものの気まぐれなのか、それとも・・・。
 花を摘み終わったネリーはぱたぱたと屋敷の奥へと消えていった。老技師はそれを見送って、鼻歌交じりにまた剪定にとりかかった。


「旦那さん、旦那さんっ、朝だよ」
「ネリー、そんな大きな声を出さなくても私は起きているよ」
 騒々しい扉の音とともに飛び込んできたネリーに、この屋敷の主人は少し眉をしかめる。これも毎朝恒例のことになりつつあった。
「見て、旦那さん。今日はこれだけ新しい花が咲いたのよ」
「それはいいが、お前はその咲いたばかりの花を摘んできたのか」
「いいの。旦那さんに見せたかったから。それに花を早く摘めばそれだけ来年の球根に栄養が回るわ。はい、旦那さん」
 腕に溢れんばかりの花を押しつけられ、主人は仕方なく受けとめる。
「私に花など似合わない。お前のように若い娘が持っておいで」
「そんなことないわ。旦那さんと花、とてもお似合いよ。それ、窓際の水さしに活けておいてね。きっとよ」
 早口で話し終えると、ネリーは入ってきたときと同じくらい忙しく、次の用事に向かって部屋を飛び出ていった。
 主人は彼女に特別仕事らしい仕事をもたせることはなかったが、ネリーは次々と自分で新しい仕事を見つけていくようだった。 退屈な屋敷での時間の中で、少しもとどまっていない。
 主人は手の中に残された花の束にしばらく目を落とし、やがてゆっくりと窓際へ歩いていった。
 特に美しいと思わない花。
 けれど瑞々しいそれは、ほのかな香りで鼻先を通りすぎていく。それは彼にとっても気分の悪いことではなかった。


 人が横に並んで何人も歩けそうな広い階段をのぼって、ネリーは屋敷の一番奥の部屋へと入る。
 明るい窓辺では、すみれの鉢植えが静かに春の日を受けていた。このすみれの花に丁寧に水を注ぐのは、ネリーの大切な日課のひとつだ。
 それはアリスがよく佇んでいた窓辺だった。
 機械人形<ドール>のアリスが屋敷から姿を消して数日後、主人は唐突に、アリスの行方をこれ以上追わぬよう指示を出したのだった。アリスがいなくなったことに関して、ネリーはよく知らない。 機械に対する思いと人間に対する思いの違いもよくわからない。
 けど、少なくともネリーはアリスが好きだった。
 だからこうしてアリスに見せるはずだった花の鉢植えを窓辺において、大切に世話をしている。この水やりを一度としてかかしたことはなかった。
 室内の他の植物にも水をやり終えたネリーはまた外に出て、特定の青草を摘んだ後、屋敷の中へと戻った。
「おはよう、β」
「おはようございます、ネリーさま」
 途中、踊り場にかしこまっていた機械人形の β を目にとめてネリーは声をかける。β はこの屋敷に無数に存在するドールの一体だが、その顔立ちがなんとなく実家の兄に似ている気がして、ネリーは親近感を抱いているのだった。
「ねえ β、明日の天気はどう?」
「明日は雨の降る確率が高いと思われます」
「じゃあ明日の水やりはなしか。あたし雨って好きだけど、外に出れないのがちょっと残念だね。ありがと、じゃあね」
 ネリーは残りの階段をのぼって再び屋敷の当主の部屋へと入った。
 主人は朝食に向かったのか部屋には姿がない。ネリーはかまわず部屋の中央に吊り下げられている銀色の籠に近づく。
 中では一匹の小鳥が渡し棒の上を跳び歩いている。
 目もさめるような真紅の羽を持つ鳥だ。
 ネリーの姿を見つけた鳥は喜んで、美しい外見にそぐわぬギャ、ギャという声で嗚いた。
 ネリーが手にした青草を籠の隙間から差し入れると、鳥はかぎのように曲がったくちばしで器用にそれをちぎって食べ始める。
 この鳥は冬、庭に傷ついて落ちているところを、主人が見つけて拾ったのだった。当時は動くこともままならなかったのが、面倒を見ているうち、みるみる元気になり人にもなついた。
 そろそろ自然に放してもいい頃だが、主人が口に出さないためそのままになっている。名前はなかった。
 餌をやった後は、鳥籠の掃除をして、水をかえる。
「ネリーお嬢さん、そろそろ朝食の時間ですよ」
「はーい、すぐ行く」
 階下からの若い技師の声を聞き、彼女は答える。朝食は主人も老技師もその弟子の若い技師たちも、皆でともにとるようになっていた。
 ネリーの朝の仕事はここまでである。



・・・・・・・・・NEXT  


a bird in a cage で「籠の鳥」らしい。
a caged bird とか。



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